マドリッドから発信


by dias-madriz
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Burgos vol.4

9月も半ばを過ぎたのに、未だにブルゴス紀行…。と言うより、ざっくりとブルゴスの歴史なんぞを…。

ブルゴスはカスティージャ・イ・レオン (Castilla y Leon) 地方のブルゴス県の首都。
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ちなみに、日本のガイドブックなどでは「カスティージャ」じゃなくて「カスティーリャ」と表記してありますが、スペインでは 「LL」 が「ジャ、ジュ、ジョ」と発音されるので私もそれに従っています。

昔は「LL」は「リャ、リュ、リョ」の発音だったらしいけど、現代では「ジャ、ジュ、ジョ」の発音がRAE (Real Academia Española:スペイン王立学士院」で正式に認められています。

たとえば、パエリヤ (paella)は「パエジャ」。
日本でもすっかりお馴染みのスペインの靴メーカー「Camper カンペール」の発祥地であるマヨルカ (マリョルカ)島も「Mallorca マジョルカ」と発音されます。

まあ、スペイン語の発音は置いといて…。

ブルゴスが都市として誕生したのは884年のこと。スペインは昔は一つの国ではなく、幾つかの王国がイベリア半島に寄せ集まっていた。ブルゴスは当時のカスティージャ王国の首都。

カスティージャ王国は1037年にレオン王国を併合する。当時のイベリア半島は、キリスト(カトリック)教徒によるレコンキスタ(再征服)、つまりイスラム勢力からの国土回復を目指す運動の真っ最中。スペインは711年から1492年までイスラム勢力に占領されていたからねー。

だからスペインはヨーロッパなのに、他国とちょっと雰囲気が違う。
8世紀もの間イスラム人に支配されていたのだ
現代でもその影響は言語、街並み、建築など様々なところに及んでいる。

ちなみに、イベリア半島でイスラム勢力が届かなかったのは、最北部のアストゥリアス地方だけだ。なぜ?

山がたくさんありすぎてイスラム人たち挫折…。

レコンキスタで活躍した歴史上の人物はたくさんいる。スペインの国民的英雄、エル・シッドは11世紀、カスティージャ王国でイスラム人と戦っていた。ブルゴスに彼の銅像がどーんとあります。写真撮らなかったけど…。

でもやっぱりレコンキスタの有終の美を飾ったのは、15世紀のカスティージャ王国の女王イサベル1世とアラゴン連合王国のフェルナンド2世。この二人の結婚により、事実上のスペインという国が誕生した。

熱心なカトリック信者であった二人は、Los Reyes catolicos (ロス・レジェス・カトリコス:カトリック両王) と呼ばれている。1492年にイスラム最後の地、グラナダが陥落してレコンキスタ終了。スペインは再びカトリック教徒の国になりました。

このカトリック両王は、イタリア人のコロンブスを援助したことでも有名ですね。両王のお陰でコロンブスは1492年第1回航海出発、新大陸発見という快挙を成し遂げました。

キューバは、コロンブスの第1回航海時の1492年に発見されている。これを機にスペイン人による征服が始まる。キューバの先住民達はスペイン人による虐殺や疫病により全滅…。そう、新大陸発見は見方によっては(先住民にとっては)大迷惑な史実なのかもしれない。

征服者にとっては1492年は記念すべき年。

だから500年後の1992年はスペインが大いに甘やかされた年なのだ。1992年のスペインと言えば…。

バルセロナ・オリンピック
セビージャ(セビリア)万博
マドリッド Capital Europea de la Cultura (欧州文化首都)

オリンピックと万博が同年同国開催って前例はあったのかな?マドリッドの欧州文化首都にいたっては、この際、持ってけドロボーだよなあ。

ブルゴスへちょっと旅行しただけなのに、いろいろ歴史が見えてくる。スペインは15世紀末にイスラム勢力は追い出し、新大陸植民地化を進め、16世紀に頂点へ上り詰める。スペイン黄金世紀 (Siglo de Oro) ですねー。

その始まりはスペイン王としてはカルロス1世、世界史的には神聖ローマ皇帝カール5世。ここまで来ると、スペインの歴史というよりは世界史として目を向けたほうが分かりやすいし面白い。世界史を勉強した人なら、聞き覚えのある皇帝だよね。

この、神聖ローマ皇帝カール5世のお母さんは映画でもお馴染みの 『女王フアナ (2001年』。イスラム勢力をスペインから排斥したカトリック両王の娘です。
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スペイン語の原題は 『Juana la Loca (フアナ・ラ・ロカ)』、つまり 「狂女フアナ」 という意味。これは映画のタイトルだけでなく彼女の通称で、歴史書や教科書でも使われている。

どういう人物だったかは映画を見ればとーっても分かりやすい。簡単に言えば、旦那があまりにもハンサムで彼を愛しすぎて、嫉妬しすぎて、精神に異常をきたした女王ってことなんだけど、見る人によって彼女の解釈は様々だと思う。

フアナの旦那はハプスブルク家出身のフェリーぺ1世。彼の通称は 「Felipe el Hermoso (フェリーぺ・エル・エルモソ)」、つまり「美公フェリーぺ」と呼ばれるほど容姿端麗な男性だった。

なんだかこうやって歴史を見ていると、フアナは可哀想だなあ…。両親は偉業を成し遂げ、息子はヨーロッパを股にかけ、大した仕事もしなかった旦那は美公ともてはやされる。そして彼女は現代にいたってまで狂女と呼ばれ…。

人生色々ですな。

ブルゴス紀行から狂女フアナにまで飛躍してしまったけど、カトリック両王を語る時にはいつも、娘のフアナが気になる私です。
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by dias-madriz | 2008-09-19 23:53 | Viaje