マドリッドから発信


by dias-madriz
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Todo sobre la muerte de mi madre vol.3 

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マドリッドへ到着後すぐにパッキングを始めた。場合によっては数ヶ月日本にいなければならないため、相棒F氏へ色々お願いしておくこともあった。私の代わりに諸手続きが出来るように委任状を作成したり、IDカードやパスポートなど重要書類のコピーをとったり、その他諸々…。

私は居住労働許可証の更新段階にあたっていたため、新しいIDカードがまだ届いていなかった。既に更新は許可されていたが、スペインへ戻ってくる時に新しいIDカードが手元にないのは正直とても不安だった。

外国で暮らすということは、身内に何かあった時にすぐ帰れないというだけでなく、居住許可証の状況によって、日本から外国へ再入国する際に問題が生じる場合がある。

弁護士に確認した結果、私の場合はスペイン到着時に問題は起こらないだろうということだった。空港の警察が私のID番号をコンピューターで検索すれば、更新許可状態であることがすぐに分かるからだ。


でもこれはビザや居住許可証の種類、そして国にもよる。

2年前、伯父が癌で他界した。たまたま日本に帰国していた私は葬儀へ出席することが出来たが、アメリカ在住の従兄弟(フィリピン人と結婚し、現在アメリカ在住の従姉妹ちゃんのお兄ちゃん)はビザの関係でアメリカから出ることが出来なかった。

父親の葬儀はおろか闘病中に付きそうことさえ出来なかった。従兄弟はアメリカでロシア人と結婚していて子供もいる。

詳しいことは分からないが、永住権の申請中だか何だかで、一度アメリカから出てしまうと全てが水の泡になってしまうらしい。

伯父の死から2年経った今も従兄弟はアメリカから出ることが出来ない。ちなみに伯父は生前、孫に直接会うことも出来なかった。闘病生活でアメリカに行くことが出来なかったからだ。

親戚の中には「親の葬式にも帰ってこないなんて、なんて親不孝なんだ。」って悪態つく人もいたが、従兄弟の心中を考えればそんなことは軽々しく言えない。まあ、親戚の感情も分からないでもないけどね。

従兄弟は誰よりも先に飛んで帰りたかったはずだ。自分の父親の死に際なのだ。でも、従兄弟はアメリカで生活している。仕事をしている。家族もいる。従兄弟一人の問題ではない。これから先もアメリカで生きていかなければならない。

感情だけでビザの問題が片付くなら、誰だって苦労はしない。「日本を離れて暮らしている」というだけで親に対して多少の罪悪感はある。死に際に間に合わず、葬儀にすら出席できなかった後悔は一生ついてくる。

そんな従兄弟のことを考えると、私は本当についていた。母の危篤を聞いてすぐにスペインを出ることが出来たのだ。

ただ、問題なのは数ヶ月間スペインで仕事ができないこと。2年後の居住労働許可証の更新時に問題になる可能性は大いにある。それでもそんな先のことは考えられなかった。

私は従兄弟のように外国で結婚して家庭を持っているわけではない。相棒F氏とスペイン生活を続けるため、今回の帰国が将来的に大きな影響を与えるかもしれない。それでも私の選択肢は、当然、危篤状態の母の元へ駆けつけることだった。

話が随分それたが、日本行きの準備も終え、一睡もできないまま相棒F氏に付き添われて空港へ向かった。F氏は一緒に日本へ行くと言ってくれたが、母の今後の状況が分からなかったので一人で帰ることにした。

そして4月4日(日)朝6時半、成田空港に到着した。


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by dias-madriz | 2010-04-03 07:15 | Familia | Trackback