マドリッドから発信


by dias-madriz
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Dos de Mayo

さてさて、なぜ5月2日はマドリッド (州) の祝日なのか。

ちなみに、この日はそのまんま Dos de Mayo (どす・で・まじょ:5月2日) と呼ばれます。

時は1808年…、当時マドリッドを占領していたフランス・ナポレオン軍に対し、マドリッドの民衆が激しく蜂起した日。それが5月2日なのです。プラド美術館に当時の様子を描いたゴヤの作品があります。
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でもマドリッド市民の抵抗空しく、翌日の5月3日にはナポレオン軍にすっかり弾圧されてしまった…。こちら、プリンシペ・ピオの丘での銃殺風景。これもゴヤ作品。
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この5月2日事件を契機に、スペイン全土にフランス皇帝ナポレオンに対する反発、抵抗がどんどん拡がっていった。

スペイン独立戦争の始まりです。


スペイン人にとっちゃあ、ナポレオン・ボナパルトは英雄なんかぢゃないんだぞ!
そ、そりゃぁ、そーだよね…。

今でも、「親の敵、末代まで!」って感じでフランス人を毛嫌いする輩をチラホラ見かける。

こちらブルゴス旅行で訪れた、とある修道院。回廊の壁に聖人の像が並んでいる。よーく見ると、頭がない…。
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修道院のガイドさんに聞いてみたら…、

「フランス軍が、銃殺の練習台にしたんです。この修道院も他の地方同様、たくさんの美術品が剥奪されました…。」

相棒F氏が、剥奪品はスペインへ返還されたのか尋ねていた。答えはノー。フランス国内でも行方不明になっているものがたくさんあるという。



戦争ってのはいつの時代も (どこの国でも) 愚かなものだ。


スペイン独立戦争」と言っても、フランスVSスペインの直接対決じゃない。色んな国が政略結婚だの、同盟だのを組むから、ヨーロッパの歴史はややこしい。

現在のスペイン国王にしたって、出身はブルボン家。本を正せばフランスぢゃん!ちなみに、奥様のソフィア王妃はギリシャ出身です。
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スペイン独立戦争」にはイギリスやポルトガルも関わっていた。イベリア半島で展開された戦争だから、イギリスやポルトガル側としては「半島戦争」と呼ぶ。

フランス側としては単なる「スペイン戦争」。「独立」って言葉はつけないよね。

スペイン独立戦争」はスペイン側の呼び方。でもカタルーニャ地方では「フランス人戦争」と言う。

確かに、「スペイン独立戦争」と言ってしまうと、スペイン人としての国民意識 (スペイン・ナショナリズム) が見え隠れする。


「僕たちはカタルーニャ地方に侵略したナポレオン軍に対して戦ったんだ!」

ってことで、カタラン人としての民族意識 (カタルーニャ・ナショナリズム) が「フランス人戦争」と呼ばせるのだろう。

だから、5月2日はスペイン独立戦争の開始、ナポレオンの転落人生の始まり、などなど大きなターニング・ポインになった重要な日だとしても、「スペイン国民の祝日」ではなく、あくまで「マドリッドの祝日」なのだ

さてさて、今更ですが、連休に Extremadura エストレマドゥーラ地方の Cáceres カセレス
へ行ってきました。そう、相棒F氏の出身地です。セマナ・サンタの時、結局行けなかったからね。

カセレス話はまた次回。
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Commented by 所長 at 2009-05-11 21:23 x
へえー! そうなんですね。
私、世界史の授業を選択していなかったので、
ヨーロッパの歴史、あんまり(というか全然!)知りません。
でも、ヨーロッパに来てから、世界史に興味が出始めました。
歴史の知識があって観光するのと、歴史の知識がないまま観光するのでは、
全然違う!…と思って。
今回のmadrizさんの記事も、いい勉強になりました♪ アリガトウございます。
Commented by dias-madriz at 2009-05-11 22:06
所長さんへ

確かにヨーロッパは歴史を知ると観光は面白いですね。って私、世界史選考だったけど忘れていること多しで、今更、へぇ~って復習しています。でも、肝心の日本史がちんぷんかんぷん…。日本通のスペイン人達に教えてもらうアリサマですわ…(大汗)。
Commented by めぐみぃ at 2009-05-12 17:05 x
どこから見るか、で同じ歴史でも変わりますね。なので国の歴史はあっても地域全体の歴史って難しい。地域主義者の人から見たらた違う見方になるし。
ベルギーでもフランス革命軍は大暴れして、あのグランプラスを焼き払いました。フランス軍からしたら絶対的に素晴らしい革命なんですが。
Commented by dias-madriz at 2009-05-13 06:31
めぐみぃさま

スペイン黄金世紀ではスペインもフランダース地方で色々やらかしていましたしねぇ。
そー言えば、グランプラスの裏に「Amigo」って名前のホテルありますよね。「Amigo」って言葉は本来の意味とは別に、フランダース地方では歴史的に思い入れのある言葉だとか…。
スペイン統治時代に、スペイン人がベルギー人に対して、「おー、Amigoよ!こっちにおいで~♪」って声をかけ、で、本当に「友達」だと思い込んで近寄って来た純粋なベルギー人たちをそのまま牢屋に閉じ込めちゃった悪代官真っ青のスペイン人たち。又聞きの話なので100%確証ありませんが、何だかなぁ・・・って思いですわ。
by dias-madriz | 2009-05-07 23:44 | Vida | Trackback | Comments(4)